調査研究レポート1

経験×データで待機児童のその先へ~保留児童対策タスクフォース~

木村 厚朗
こども青少年局保育対策課担当係長

1 はじめに
 昨年8月に厚生労働省が発表した令和4年4月1日時点の全国の待機児童数は2,944人となり、調査開始以来、最少となった。本市でも、同日時点の待機児童数は11人と、4年連続での減少となっている。
 一方で、市内で希望通りの保育所等を利用できず保留となった児童は2,937人いる。こうした児童が、なぜ保留となってしまったのかについては、詳細な把握や分析がこれまでできていない状態であった。
 保留児童の詳細なニーズを把握し、要因をデータに基づき明らかにして、一人でも多くの方が保育所を利用できるよう対策を進めていけるように、就任直後の山中市長からの指示を受け、令和3年12月に区とこども青少年局の保育を担当する課長・係長級10名で「保留児童対策タスクフォース」を設置した。
 分析内容は結果を踏まえた対策の方向性とともに、令和4年9月9日に市長とともに発表を行った。保留児童の分析及び公表は、全国初の取組となり、発表に対する反応も大きかった。
 本稿では、本タスクフォースにおける調査とその結果の概要や、結果を踏まえた対策の方向性について、データ分析を担当した筆者からご紹介させていただく。

2 調査の概要
(1)調査対象
 今回の調査は令和4年4月1日時点の育児休業延長希望を除いた保留児童を対象としている(本稿では、これ以降、育児休業延長希望目的を除いた方を「保留児童」(注1)と呼称する)。
 同日の保育所入所申請者は、73,538人であった。このうち、希望通りの保育所等を利用できなかった保留児童が、2,937人であったことは前述のとおりである。この中には、本来は保育サービスを必要としておらず、育児休業を延長する目的で申請(注2)した方が1,290人いることが既知であったため、これを除外した1,647人を調査対象とした(図1)。
(2)分析に使用したデータ
 申請者の意向や児童・家庭の状況等を把握するため、申請書のうち
・給付認定申請書
・利用申請書
の記載項目を用いた。なお、実際の分析に当たっては、申請書の内容を組み合わせ新たな「データを作る」必要があった。
 例えば、自宅から駅までの距離は記載項目にはないが、住所と通勤に関する記載事項から調査して作成した。また、自宅・最寄り駅・希望園の位置関係の把握のために適宜GISを用いた。
さらに、
・保育所等利用保留実態調査(令和3年8月実施)
の結果も活用した。
(3)データ分析の議論と手法
 保留児童の要因についてタスクフォースで議論を行う中で、大別して2つのパターンが指摘された。
 一つは、様々な要因から保護者が保育所等の選択を絞り込むことが保留につながるパターンであり、現場経験のあるメンバーから多くの意見が出た。
 これを検討するため、希望園の選択に影響すると思われる「個別要因」を仮説としてできる限り多く挙げ、こうした仮説と申請園数との関連性を調べた。希望園が絞り込まれるならば、申請園数が減るはずであるからである。
 なお「申請園数」の分析だけでは、なぜ申請園数が絞り込まれるのか、或いはどのように対策すればいいのかという点についてまでは明らかにできない。そのため、タスクフォースではそれぞれの「個別要因」について、追加してどのような分析を行う必要があるかを議論し、実際に結果を確認しながら対策の方向性を検討した。議論の中で、当初仮説として挙げていたが、その後、対象とはしないこととしたものもある。
 パターンのもう一方は、こうした「個別要因」がなく保留となるケースである。保育ニーズが高いエリアにお住まいの方などの中には、比較的多くの希望園を挙げても保留となるケースがあることがわかっており、こうした方に対する分析は別に考える必要がある。
 もっとも、この分析を実施するにあたっては、まず、「個別要因」がある方を全体から切り分ける必要がある。そこで、保留児童全員について、それぞれどの「個別要因」があるか(複数の要因を持つ方もいる)を調べ、要因を持たない方を分析の対象とした(図2)。
 さらに、前述の保育所等利用保留実態調査の結果を活用して、令和3年4月に保留となった児童の令和4年の状況について追跡調査を実施した。

3 結果の概要
(1)全体の状況
 保留児童の申請園数は、平均が4・4園、中央値が3園であった。1・2歳児の申請園数が多い一方で、幼稚園等も選択できる4・5歳児は特に少なかった。
 一方、新規入所児の申請園数は平均6・4園、中央値が5園であった。また新規入所児は8園・10園以上の申請が多く、1園のみの申請(本稿では、これ以降「単願」と呼称する。)の割合は、保留児童よりも少なかった。
(2)個別要因の状況
 前述のとおり、希望園の選択に影響すると思われる「個別要因」について分析をした。仮説が成り立つと考えられたもののうち、主な結果は次のとおりである。
◇障害児・医療的ケア児(27人・うち医療的ケア児2人)
 該当者は、申請園数の平均が3・3園と保留児童の平均より少なかった。27人という該当者数は、保留児童の全体数から見ると多くはないが、待機児童11人のうち、4人がこの要因に該当していた。また、保育所利用の相談を受けたが申請がなかった方などもいたことを現場から確認しており、潜在的な希望者も一定数見込まれることが推測された。
◇駅から遠い場所(距離2・5キロメートル以上)に居住されている方(69人)
 申請園数は平均3・6園以下であった。また、実際に希望した園の場所を確認したところ、自宅周辺の希望が多く、駅周辺まで申請エリアを広げた方は少ない状況であった。最寄り駅から離れたこうしたエリアは他エリアからの利用が見込めず、新規整備が困難である。このためエリア内にある既存施設の重点的な受入れ枠確保が求められる。
◇きょうだい在園または同時申請(447人)
 きょうだいがすでに保育所を利用している保留児童286人の申請園数は平均2・9園と特に少なく、その46・3%が単願であった。一方、今回、きょうだいが同時に申請を行った保留児童281人の申請園数は平均3・8園であった。きょうだいがすでに在園している場合のほうが、園を絞り込む傾向にあることがわかる。
 きょうだい児は申請にあたって利用調整のランクや指数が上がるため、入所にあたっては希望が優先されやすい仕組みとなっている。それでも保留児童となってしまう要因の一つとして、同一園にいるきょうだい児同士に競合が発生することが挙げられる。令和3年4月時点できょうだいがともに保育所等を利用している児童のうち、きょうだいでの利用者の1割は、きょうだい同士で競合したため、同一の園を利用できていない状況であり、受入れ枠の確保が必要であると考えられる。
◇同一法人のみ選択の方(36人)
 特定の法人が提供する保育方針等に魅力を感じており、同一法人のみを選択した方である。このうち29人は、選択した園の立地が500メートル以内に収まってまとまっており、単願に近い状況であった。
◇認可保育所のみの選択の方(618人)
 小規模保育事業をはじめとした地域型保育事業を選択せず、認可保育所のみを申請した方である。2歳児以下の方は、申請園数が少ないほど認可保育所のみを選択する傾向にあり、申請園数が6園以下では半数以上が認可保育所のみを申請していた。このうち、3園以上の申請があった440人について、選択した園の範囲内にある小規模保育事業に入所できるか調べたところ97人が入所可能であった。(注3)
◇短時間就労者・求職者・内定者等(714人)
 短時間就労者、求職者、内定者といった利用調整のランクが低い方は保留児童になりやすい。短時間就労者及び内定者は、申請園数、横浜保育室等の入所割合とも、保留児童平均を上回っていた。
 利用調整のランクが低い方は、就労形態などから一時保育でも対応可能な場合もある。多様な預け先の一つとして、一時保育等の拡充が求められる。
◇制約条件が見られない方のうち、単願の申請の方(127人)
 ここからは、前述のとおり、これまで見たような「個別要因」がない方についてである。
 当初、「個別要因」がない方は申請園数が多い層を想定していたが、単願の方も多くいることがわかった。そのため「制約条件が見られない方」についても、申請園数に分けて分析を行っている。
 単願の方については、横浜保育室等の入所者と育児休業延長を許容できる方が約7割を占めており、これらの継続を前提にした申請も推測された。
 また、特定保育所のみの申込者38人については、全員が就労されている方であった。発表を実施した令和4年9月時点では継続分析としたが、その後、令和4年8月時点の保育所等利用保留児童実態調査結果で追加分析したところでは、すでに半数が保育所等や他の保育サービスを利用しているほか、今年度中の保育所利用にこだわらない方等が多くいることが判明している。
◇制約条件が見られない方のうち、6園以上の申請の方(100人)
 制約条件が見られない方のうち、申請園数が新規入所児の申請園数の中央値を超える6園以上の方の居住地の分布をみると、令和5年4月開所に向けて認可保育所や小規模保育事業所の整備が必要としたエリアとほぼ一致していた(図3)。
(3)その他の分析
◇令和3年4月1日時点保留児童の令和4年4月の状況
 令和3年度の保留児童1,718人の令和4年度の申請等の状況について、令和3年8月に実施した保育所等利用保留児童実態調査のデータと今回のデータを突合せ、追跡調査を行った。
 令和3年度中に保育所に入所できた方や、令和4年度は保育所を申請しなかった方などがいるため、令和4年も継続して申請した方は、556人であった。
 令和4年も保留児童の方は100人いたが、このうち48人が横浜保育室等を利用していた。令和3年度から横浜保育室等を継続利用している方の、令和4年の申請園数は平均2・5園と前年から約半減していた。
 一方で、令和4年も横浜保育室等の利用が確認できなかった保留児童は41人いた。こうした方を、(2)で述べた個別要因別で見ると、「きょうだい在園・同時申請」が14人、「短時間就労者・求職者・内定者等」が12人であった。区別では、保留児童も多い、港南・港北・戸塚区が6人ずつで最も多く、この3区で約4割を占めていた。
◇距離分析
 保留児童と新規入所児で、自宅から保育所等を経由して駅や勤務先に向かうまでの距離関係に違いがあるかを分析した。駅や勤務先から自宅までの距離と、第1希望の園・最下位に希望した園それぞれの保育所等を経由した場合の距離の比を比較したが、保留児童と新規入所児で差異は見られなかった。新規入所児が著しく遠い園を選択しなくても入所できていることが推測された(図4)。

4 対策の方向性
 分析結果を踏まえ、対策の方向性として以下の4つの取組を策定した。
 なお、現在、それぞれの対策の方向性に基づく取組を、予算案に計上するなど、令和5年度に向けて取組を進めているところである。
(1)1・2歳児の受入れ枠の確保
 きょうだい児の入所希望が叶わないことや、新規入所児の中央値を超える6園以上を記載しても保留となるのは、受入れ枠がないことが要因となっている場合も多く、これまでも取り組んでいる保育ニーズの高い1・2歳児の受入れ枠確保を継続していく必要がある。
 受入れ枠確保にあたっては、駅から遠い場所に居住の方やきょうだい児と同園の入所希望の方などに対しては、スポット的な既存施設の定員増を、また、保育の受入れ枠がなお不足する地域では「整備が必要なエリア」として、認可保育所や小規模保育事業の整備を着実に進めていく必要がある。
 あわせて、多様な保育ニーズに対応した預け先となる、年度限定保育事業や幼稚園預かり、一時保育等の拡充を進めていく必要がある。
(2)一時保育等の拡充
 利用調整のランクが低い方には、短時間や複数日の保育で対応可能な場合があり、一時預かりの拡充が望ましい。また、育児休業制度の浸透で、1歳児・2歳児から預ける人が増えているが、ご家庭で育児をする方のリフレッシュの面からも一時預かりは必要なサービスとなる。令和4年度からスタートした、一時預かりWEB予約システムなど、利用者の利便性の向上を図るとともに、一時保育等の受入れ枠拡大を進めていく必要がある。
(3)障害児・医療的ケア児の対応
 障害児・医療的ケア児については、施設との事前調整が必要となるなど受入れ可能な施設が限られているため、受入れ相談ができる園の情報提供や行政の相談体制を充実し、保護者への支援を強化していく必要がある。特に、医療的ケア児については、看護師などの職員体制の拡充や安全な医療的ケアを実施するための研修など園への支援も強化していく必要がある。
(4)選択肢を増やすための情報発信及び保育の質の向上
 単願や同一法人が運営する園のみを記載されるなど、特定園への思い入れが強い方は、新設園が出来ても選択されない可能性がある。また単願の方が集中する園もあり、定員増にも限界がある。情報収集や園見学などを通して、希望施設をより多く記載してもらえるよう働きかけることが入所に繋がるほか、希望園を数十園記載したが入所決定後に内定辞退や途中退所になってしまうといったことを防ぐことにもなる。保育の質が園の選択に影響を与えないよう、質の向上に継続して取り組んでいくことに併せて、「保育所等の申請イコール認可保育所の申請」だけにならないよう、少人数できめ細やかな支援ができる小規模保育事業などの情報発信を中心としたソフト的な対応を進めていく必要がある。

5 おわりに
 今回のデータ分析にあたって、調査の方向性や結果に大きな影響を与えたのは、現場経験が豊富なメンバーによる議論であった。仮説を出しあう場面はもちろん、それをどのように数値化していくかを議論する中でも現場の経験が生きた。経験豊富な職員は、データがどのような実態のもとに生み出されているかを把握しているため、数値の信頼性にも理解が及ぶ。データを活かすのは経験であると感じた。
 一方で、データを通して経験が施策につながっていくと感じた。なんとなくの傾向をつかんでいることでも数値によって「見える化」されれば、思いの外多い・少ないということがわかる。今回の分析で意外な気づきが得られたと話したメンバーもいた。気づきは新しい施策となりうる。仮に予想通りだったとしても、進めている施策の方向性が正しいという根拠となる。結果はどうあれ数値化には利点が多い。
 データ分析には大変な部分もある。市職員は、日々のルーチンや事業の推進に多くの時間を費やす。じっくりと取り組む時間が得られない場合もまたある。
 しかし、時間がないで終わらせるのは勿体ない。日々の業務を通じて市役所の中には膨大なデータが蓄積されている。市職員はこうしたデータのしかも直近のものにアクセスしやすい環境にいる。こうしたデータを民間シンクタンクが調査によって得るコストを考えると、我々がいかに恵まれているかがわかるのではないだろうか。
 市では今、施策立案における「EBPM」(証拠に基づく政策立案)の徹底に力を入れている。変化の激しい社会に施策を即応させていく上で、データ活用は今後、一層重要な意義を持つだろう。
 その点では、本市における重要な課題の一つであり、様々な要素やニーズが絡みあう保育・子育て分野での本取組が、市民に直に接する職員の経験とデータを融合させて施策検討に向き合った事例として、皆様の役に立てばうれしいと思う。

注1 育児休業は原則として、子が1歳に達するまで取得できるが、保育所等に入れない場合等に限り、最長2歳に達するまで延長が可能であり、育児休業を延長するには、保留児童になることが条件となっている。
注2 育児休業延長希望目的以外の保留児童の類型には以下のものがある。横浜保育室等に入所の方/育児休業の延長を許容できる方/求職活動を休止している方/特定保育所等のみの申込者など/待機児童。
注3 3園以上の申請があれば、選択した園の位置を円で囲むことで預け先範囲の傾向が分かるため、このような手法を採用している。